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概念

 インフルエンザウイルスにはA・B・Cの三つの型があり、このうち毎年のようにヒトの間で大きな流行を起こすのはA型とB型のインフルエンザです。A型インフルエンザは、抗原性(抗原となる物質が特異的に抗体を認識し結合する性質)の異なる亜型(派生的な型)がヒトの間に出現することによる大流行を引き起こすことがあります。このような変異様式を不連続変異といい、これはA型インフルエンザには抗原性の違う多くの亜型が存在することによります。これらの亜型はおもに鳥類に存在していますが、これらのトリのインフルエンザウイルスが何らかの理由により、ヒトからヒトへの感染性を獲得すると、人類の大多数はそのようなウイルスに対して全く免疫をもっていないために、爆発的な世界規模の大流行を起こすことになります。これがインフルエンザパンデミックもしくは新型インフルエンザと呼ばれている現象です。

過去のパンデミック

 過去の歴史をみると、数十年に一度このようなパンデミックが起こっています。20世紀には、3回のパンデミックが起きたことがわかっています。1968年の“香港インフルエンザ”、1957年の“アジアインフルエンザ”と1918年の“スペインインフルエンザ”です。20世紀以前にもパンデミックは、数十年に一度の間隔で起きていたと考えられています。

パンデミックが起きた場合に予測される被害

 今、パンデミックが起きたとしたら、どの程度の被害が生じるのでしょうか。まず、感染者数としては世界の人口の20〜30%が感染すると考えられています。現在、世界の総人口を60億人であると考えると、12〜18億人が感染するということになります。過去のパンデミックは1〜2年かけて世界中に拡がっていますが、今パンデミックが起きた場合、どのくらいの速さで世界中に流行が拡がるかということは、正確にはわかっていません。しかし、グローバリゼーションの進んだ現在、世界中にウイルスの拡散するスピードは過去のパンデミックよりもはるかに速い可能性があり、数週間で世界中にウイルスが拡がってしまう可能性も十分に考えられます。死亡者数は、パンデミックを起こすウイルスがヒトに対してどの程度の病原性をもっているかによって大きく違ってきます。過去のパンデミックをみても“香港インフルエンザ”ではおよそ100万人が死亡したと考えられているのに対し、“アジアインフルエンザ”では200万人が死亡したとされています。記録に残っているパンデミックのうち最も大きな被害をもたらしたのは“スペインインフルエンザ”です。このパンデミックでは少なくとも4,000万〜5,000万人が世界中で死亡したとされています。当時の世界の人口は現在の1/3以下なので、今の人口に換算すれば1億人以上が死亡するような激烈なパンデミックでした。日本でもこのパンデミックで約39万人が死亡したとされています。過去のパンデミックのデータをもとに算出した死亡者数の推計によると、世界中で140万〜1億4,000万人が死亡するとしています。通常のインフルエンザでも年間50万〜100万人は死亡していると考えられているので、パンデミックが起きても、通常のインフルエンザと大きく死者数が変わらない場合もあれば、通常のインフルエンザをはるかに超えるような非常に高い死亡率のパンデミックになる場合もあるということになります。

パンデミックの影響

 もしパンデミックが起きた場合、その被害は単に膨大な数の感染者や死者が出る、というようなウイルスによる直接の被害だけにとどまりません。感染者で病院があふれることによって、病院の機能が麻痺し、インフルエンザ以外の慢性疾患の患者や救急患者には十分な対応ができないような事態も想定できます。さらに、パンデミックの影響は医療の現場だけでなく、社会全体に及ぶことが予測されます。まず、多くの人が同時に感染し、それらの人が大量に欠勤することになります。また、実際に感染した人以外にも、家族が感染しその看護のために家にとどまる必要のある人や、感染を避けるために出勤を自主的に控える人などを含めると、それぞれの職場で失われる労働力は、予測される感染者の割合である20〜30%を大きく上回る可能性もあります。そうなると、多くの職場で通常の業務を維持していくことが困難になると予想されます。このような影響は、電気・ガス・水道などのライフラインにも及ぶと考えられます。さらに社会不安が増大することが避けられないと考えられますが、治安に関わる警察機能なども維持していくことが困難になるかもしれません。その他、物流、公共交通、郵便、教育なども長期にわたり大きな影響を受ける可能性があります。

鳥インフルエンザとパンデミックの危険性

 2003年の終わりに始まったインフルエンザA(H5N1)による鳥インフルエンザの流行は瞬く間にアジア各国に拡がり、2004年の終わりまでにアジアの9カ国で1億5,000万羽以上の家禽(鳥類に属する家畜のこと。アヒル、ガチョウなど)類が死亡するか処分されるという大きな流行を起こしました。このウイルスはその後、2005年の後半からその分布範囲を急速に拡大し、ヨーロッパから中東さらにアフリカにまで広がり現在に至っています。このようなトリでの流行の拡大とともに、アジアを中心とする12カ国で300人以上のヒトでの感染者が確認されています。これまでは、ほとんどのヒトの感染は感染したトリに直接接触することで起こってきていると考えられていますが、一部にヒトからヒトへの感染が疑われるような例も存在します。しかし、現時点ではヒトからヒトへの感染が起こっていたとしても限定的であり、ヒトからヒトへ感染が継続して起こるような状況ではありません。しかし、このH5N1ウイルスはウイルス学的にも様々な変化を遂げてきており、今後ヒトからヒトへと効率的な感染をするようにウイルスが変化する可能性も十分に考えられます。仮に、H5N1がパンデミックを起こさなかったとしても、他にもH2N2、H7N7、H9N2など、他のウイルスもパンデミックを起こす可能性はあり、長期的にみれば、いつかは必ずパンデミックは起こるものとして、その対策を考えておくべきだと考えられます。

パンデミック対策

 このような社会全体に大きな影響を与える可能性のあるパンデミックに対してどのような対策が可能なのでしょうか。まず、対策を考えるうえで前提となるのは、いったんウイルスがある程度拡散してしまうと、ウイルスを封じ込めることは不可能であると考えられているという事実です。2003年に世界的な流行を起こしたSARSは患者の早期発見と隔離で封じ込めに成功しましたが、SARSのときに使われた戦略はインフルエンザに対しては有効ではないと考えられます。その最大の理由は、SARSは潜伏期や病初期にはほとんど感染性がなく、感染性は重症の肺炎などを併発した段階でのみ生じていましたが、これに対してインフルエンザでは、病初期に感染性のピークを迎え、潜伏期にも感染性をもつ可能性があるので、発熱者を隔離するというような戦略では封じ込めができないことによります。したがって、パンデミック対策の目的は封じ込めではなく、いかにしてその被害を最小限に抑えるかということが中心となります。そのために考えられている対策としてワクチン、抗ウイルス薬、患者の隔離や学校の閉鎖などの公衆衛生学的対策、手洗いやマスクの使用などの個人防御、医療機関での感染防御対策、国境での水際対策などが考えられますが、そのいずれもいくつかの問題点を抱えており、必ずしもどの対策も決定的な対策となるとは考えられません。実際のパンデミックに際しては、これらの対策を組み合わせていかにしてパンデミックによる被害を最小限に抑えるかということを考える必要があります。そのためには、それぞれの対策の有効性と限界を十分に理解した上で、最も有効な対策の組み合わせを選択する必要があります。しかし、選択すべき対策は、パンデミックを起こしたウイルスの特徴によっても左右され、またパンデミックの段階によっても違ってきます。したがって、その時々の最新の情報に基づいて判断することが求められます。

参考資料として
・「最新感染症ガイドR‐Book 2012」-日本小児医事出版社 2013年10月発行(編集:米国小児科学会、監修:岡部信彦 川崎市健康安全研究所所長)
監修:大阪府済生会中津病院感染管理室室長 国立感染症研究所感染症疫学センター客員研究員 安井良則氏
更新:2014/10
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